脳内オセロに夢中な人、正義とか、わりとアブナイ
´ω`)ノども 「令和」まぁ別にいいじゃん(悪くないよね)と思うけれども、やっぱものすごく文句言うやついるんだなぁ と思った今日このごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。
ええ、どんな元号でも文句言うやついるだろうなぁとは思っていたけれども、やっぱマジでいるんだなと。
やっぱ決定までの内容とかそういうの、公開しなくていいよ、文句言うやつはそういうのでも文句言うだろうから って思ったw
これでちょっと思ったこと。
最近、会社の職場内で、ますます例の「龍族クン」の機嫌が悪くなってきて、その龍族クンがいないときに、仲間内でボチボチ「龍族クンには困ったもんだなぁ」という話題が出てくるようになりつつあるw
実際みんなが気を使いまくってきていることを考えると「こりゃ問題児認定待ったナシ!」なわけだけれども、あんまり悪口は言いたくない。
言いたくないのだが、通常の会話ですら、むつけられて、ぶっきらぼうな返事や心ない返事、あるいは無視をされると、こっちもめげる時あるし、そうでなくてもわりと長時間その人への脳内批判が始まることがあって、自分の精神衛生上、よくねぇなぁ などと思っていた矢先、上司も不満が限界に来ていることを知って、ちょっとビクついているちゃお♪なのです。
何をビクついているかと言うと、「ケンカみたいになったらやだなぁ」って部分で。
やっぱ平和がいいよね。
かといって、あまりに子供じみた態度を放置しておくわけにもいかないだろうし、
困ったもんだw
それで話は変わるのだけれど、もとに戻るんだけれど、元号でそんなに文句付ける必要ある?って思ってね(しかも内容が大したことなかったり、文句言いたいだけやん的な)、この脳内批判をやめるときに気付いたんだけれども、
政治の世界でも、ネットの世界でも、あるいはお店やPTAなんかでのクレーマーの話でもね、なんかもう、ギスギスするのイクナイ!って思うわけです。
政治でもネットでも多いってことは、それが合わさったネットで政治の話題wなんかはひどいねw
右の人も左の人も同じくらいひどいねw
ってことはですよ?左右関係ないんだな。自分の正義でいかに相手を攻撃するかってところにエネルギーが注がれているわけで、もっとそのエネルギーを実のあるところに注いだらいいと思うのだけれども、
まぁそういうのを延々繰り広げている人たちってのは、それを通して何かいろいろ学んでいるのでしょうな。と、思ったw
田中圭一のイラストでこんなんあったけれども↓
そういう人といると疲れるよなぁと思う。
たぶんその人自身は周りの人の何倍もエネルギーを消費するはずだ。
だからエネルギーがある人じゃないと続かないだろうなぁと思うw
同じく田中圭一のツイートで
「なんだか、みんながイライラしている。傷つくとわかっているけど、反撃に遭うとわかっているけどツイートを辞められない。論争から離脱できない。 いいか!みんな!食いたいものを腹いっぱい食え!笑える映画とかマンガとか見るンだ!」
なんてツイートがあって、
もうツイッターなんて1年以上離れていたのだけれども、ツイッターもそういう状況なのかーなどと思った。
いや、そういうの無縁な人も大勢いると思うのだけれど、わりと「炎上」とか聞くもんね。
自分の「正義」(=それはわりと筋が通っていることが多い。困ったことに反対の考えも筋が通っていることが多いのである)
というのは、わりと気をつけたほうがいい。
そういう種類の事柄で、脳内批判が延々始まったときは、瞑想でもしてそれから離れることをオススメします。
ちょっと前にも記事に書いたかもしれないけれど、
人の悪口ってたまには楽しいけれどwずっとだと自分を貶めることになるし、そういうのは自分の魂というか、オーラのようなものを蝕んでいくんだよな
まぁ自分の「正義」を貫いて、人を延々批判している人は、おそらくそういうことなんて思いもしないんだろうけれども、
(そういう人は置いておいて)自分(=あなた自身、そしてぼく自身)がそういうのに取り込まれそうになったとき、ちょっと離れて、本当に外から「観れる」ようになれると、ほんと調和の取れた生活を送れるんじゃないかなと思う。
正義を振りかざしてる自分が一番、周りから「困ったチャン」と思われる存在になってしまわぬようにw
正義を振りかざす人って、「自分はおかしくない」と断言しちゃうんだよね。
んで、もし自分と異なる意見や価値観と触れたときに「それは間違ってる!自分が正しい!」ってなりがちになってしまう。
まぁ、なってるよね、そういう人、見たことあるでしょう?(笑)
別に政治だけじゃなく。
あるお店でさ、店員さんに我が物顔で注意しているおじさんがいたんですけれどもね、
そのおじさんの言っていることは正しいんです。
ですが、延々若い女の子の店員さんに説教するほどではないのです。
そのおじさん自体が、その場ではよほど周りに迷惑をかけていたんですな。まわりの人の気分も悪くなるし。
そんな光景を見たこともあってさ。
「正義」ってすごく危なっかしいシロモノなんですわ。実は。
世界の残酷な出来事もね、わりと「正義」が関わっていることが多いんですな。
だから、ある一つの正義というか、一方的なものの見方、考え方ばかりしていくとね、それがどんどん研ぎ澄まされていくわけです。悪い意味で。
そうなる前に、まだ頭が柔らかいときにね、
自分の考えはもしかしたら間違っている可能性もある。
間違っていなくとも、相手も相手なりに筋が通っている可能性はあるかもしれない。
自分の考えは、ちょっと行き過ぎてるのかもしれない。
でももしかしたら行き過ぎていないのかもしれない。
信念を貫き通すことは重要かもしれないが、そればかりではなく、いろんな見方を理解してみることも必要かもしれない。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
と、ちょっと振り返って思えるくらいの余裕はほしいところです。
まぁあんまり難しく考えるのはよして、瞑想でもして、そういった考え、思考自体から離れる時間を毎日30分、いや5分だけでも持てると、すごくいいと思うよ。ぼくは。
こういう文章って、あいつはダメだよなぁ とか、そんなふうに相手を批判したり判定することに利用してもらうために書いてるんじゃないんです。
自分を顧みる、自分が観自在で在るかどうか、そういうことをかえりみることに利用していただけるとありがたいです。
自分はどう在るか、ってこの現世では重要だったりするから。
んじゃノシ
ちゃお♪