「とりまお茶でもどうぞ」

日頃思ったこととか

昨日の補足だゾ

´ω`)ノども。今日はヨガ教室めっちゃ気持ちよかったです。

 

 

まぁいつも気持ちいいのですがw 今日は特に。

 

 

んで、ヨガ友と話してちょっと補足したいこと。

 

 

昨日書いたおすすめ本の「結婚してみたら奥様は「超霊媒」だった」って本。

これはぼくがバイブルにしているような本じゃないですw

内容がライトで、登場している眷属さんたちに共感するというか、おもしろいなぁって読める本ってことでご紹介しました。

 

 

内容は全て共感するわけでもないです。

 

 

例えば、作者(霊媒奥さんの旦那)さんが、狐霊さんたちから話を聞いたり、あるいは一緒に体験したことが記述されているわけですが、

この体験の内容から生きる目的とは○○ではないでしょうか?

とか

清く正しく生きるために我々は生まれてきているのではないでしょうか

みたいな作者の意見が随所に書かれていますが、ぼくはあんまりそういうのには共感してませんw

 

 

むしろ「そいつはどうかな?」なんて思いつつ読んでいますw

 

 

たぶん作者さんは真面目で正義感がある人なんだろうなとは思う。

 

 

でも、いろいろな自然霊が伝えていることはすごくよく分かるっていうか、共感するところがあるし、なるほどなぁとか、(*´艸`)ぷぷぷって思ったりして、楽しい本です。

 

 

うん!そうだと思ってるよ!わかるわ~ 的な内容だと思いますよw

 

 

自然霊にもいろんな個性があって、人間に裏切られてやさぐれている狐霊や、

人間に頼まれて人間に手を貸したのにお礼もされなくてムカついてる龍の話や、

外国のマリア教会で悲しんでいるマリアさんの分霊さんや、

そんな話はおもしいエピソードだし、自然霊もこうやって魂を体験しているんだな-とかが具体的に伝わってくる。

(そう!「分霊」って概念がぼくが感じてた内容にピッタリ! 日本の神社もそうじゃん?)

 

 

あるいは老齢な魂(経験豊かな自然霊の魂)の狐霊のおじいちゃんの言ってることはすごく共感したり、

若くて血気盛んな狐霊の話は「眷属として頑張って学んでくれたまえよ!」っ応援したくなったり、でもやっぱ若けーなぁwwwって笑っちゃったり、眷属さんもやさぐれたり人間に幻滅することあるんだなぁーとか思ったり(まぁそうだろうなと思うけどw)、そんな楽しい本だったりします。

 

 

だから、教訓的な本じゃないです(作者さんの意見を抜かしては)。

バイブル的な本でもないです。

でも、最終的には人も自然霊も、愛を深めて魂を透明に大きくしていくものなんだなーってのは、やっぱりそうだよなって思うよね。

 

 

でも、作者さんの意見のような、清く正しく美しく生きることが目的なのだ的な、教訓じみた話には共感できないんですな。

自然霊の伝えている内容全般は。そういう目的思考ではなくて、言葉より、教条より、自分の行動で って感じを受ける内容です。

(だいいち多くの自然霊はそんなに堅苦しくないですw ぼくは人間よりも自由な自然霊たちにすごく共感する部分が多いです)

 

 

宗教的道徳観や、正義、教条じゃなくて、いろいろ楽しみながら、いろいろ学んで、結果的には魂が愛に満ちて大きな大きなエネルギーになっていきたいし、魂って、そうなって行くもんなんだよ的な、そんなふうに、ぼくは読んでました。

 

 

そういう意味で、いろんなエピソードや自然霊との交流の中で、やっぱりねー的な、そんなふうに感じる本として、オススメなんです。

 

 

バイブルみたいな本、好きにならないし人にも勧めませんよ。

ただし、時々読み返すと、いいこと書いてあるなぁ!って感心すると思います。

 

 

ちゃお♪ ノシ

 

 

神さん

 

ども´ω`)ノ 週刊お茶どうでございます。

 

 

今日も書くことが特に無いので、スピリチュアルについて書いてみようかと。

 

 

いや、真理がどうとか、怪奇スポットがどうとか、そういう話ではござーせん(笑)

 

 

そういうスピどっぷりの話じゃなくて、もっと日常的な話で。

 

 

ぼくは一神教とか多神教固執するのってアホだと思っている。

強いて言うなら、神として多くの顕現は全てつながっていて、一神教としても多神教としても捉えられるって感じ。

 

 

だから、自分の内に内にどんどん潜っていくと、つながりの境界がわからなくなってきて、自他の境界がないところの意識に遷移するわけだけれども、

ソコは一神教の人たちが信じるところの神とは、捉え方がちょっと違くて、

自分で在り他でもある境界がないところの一神ということなわけです。

 

 

だから、我の神こそが唯一神って言ってる人たちは、根本的に違うんだなぁ。

 

 

キリストさんの言ってることはよく分かるけれども、キリスト教徒の言ってることは違和感ある。

 

 

んで、境界のないところ意識というか存在と言うか、そのコアから放射される色のスペクトルの一つ一つの色彩が、多神教であるところの神々やぼくらいろんな個性を持った人間たちや、花や木や、あるいはモノや、そういう神の顕れなわけで、

 

 

それらは幻想でもなんでもなく、神の顕現なわけで。

 

 

だから、私はいない全ては幻想っていう主張も、一神教の人たちと大して変わらないくらい片手落ちな感じがする。(全ては幻想、わたしはいないってスピ指導者、いるよね?)

 

 

んで、日本では八百万の神さんたちがいらっしゃるわけですが、それらも神の顕現なわけですね。

んで、山の神さん、海の神さん、地域の神さん、いろいろな個性を持った神さんがいらっしゃって、まぁぼくは、自分の住んでる神さん(地元の神社)はたまにお礼に詣でますし、毎日パンパン手を合わせて感謝申し上げるわけです。

(御札はポータルみたいなものかと)

 

 

んで、わりと助けてくれもします。

 

 

ただ、そういう神さんがそういう神さん自体が動いてくれるというよりも、実際に働いているのは眷属(けんぞく)さんなわけですね。

 

 

妖怪ウォッチのコマさんとかね。あんな存在。

 

 

基本的に眷属さんたちは、親分の神さんLOVEな存在さんみたいなものなので、だから神さんの悪口とかそういうのは言うもんじゃないですよw

親分の神さんは怒らないですけれども、眷属さんは親分を侮辱されたらそりゃ怒りますから

(人間ができてないスピ指導者がいるのと同様、霊格?ができてない神さんもいるかもしれんけどw)

 

 

んで、人間がもっともっと少なくて、人間らしくなかった頃は、もっともっと神さんたちも個性が薄かったと思う。

だって山は人間がいなくったって山として存在し、川は人間がいなくったって川として在るから。

 

 

でも人は、自然に思いを馳せ、自然と関わり、敬い、畏れ、祈るわけ。

その祈りが、神々の彩りをより濃くしていると、そのように思います。

 

 

だから、お参りって神さんの栄養になるんだね。

 

 

例えば、

廃村になった神さんは意識が薄くなって、静かに廃村である前の、その存在に立ち戻って、ただ在るか、あるいは、彩りを持った意識が、人間を、あるいは祈るものを求めてさまようかってのは、その個性にもよるところが大きいと思うけれども。

 

 

これはアレだ。

映画「マトリックス」のエグザイル(目的を失いつつある不要になったプログラムたち)に似ているね。

ソースに還るか、あるいはマトリックス内を徘徊して逃れつつ戯れるか。

みたいな。

 

 

んで、ぼくはだから、地元の、自分が住まうところの神さんくらいはご挨拶いきます。

そこに自分も含まれていて、住まう人たちも含まれ、土地も活気も、眷属さんもみんな含むところの神さんだからね。

ここは一つ盛り上げに自分もちょっぴり加勢しますぜ的な。

 

 

んで、わりとご加護もいただけますなぁ。

神に愛されてる感じがする。

眷属さんとも。

まぁ地域の神社さんだけじゃなくね、個人的に例えば観音さんとか、お不動さんとか、ある天使さんとか、そういう自分の中だけでご縁を感じている存在さんからも愛されていますけれども。

 

 

んで、こういう話から、私は神さんに愛されてないとか、お前には守護霊がいないって脅すバカな霊能者がいるようですが、

もちろんご縁が少ない人はいるかもしれませんが、神さんに愛されてない、守護さんがいないってことは無いわけですよ。

だって自分がいるということは、自分の守護さんがいるから自分はそのダイバースーツを着てこの世に顕れたわけだからね。守護さんはいるよ。ゼッタイ

んで、あやしたりスパルタしたりしながら見守ってくれてるわけですな。

 

 

ちなみにウチの守護さんは放任主義です。

 

 

んで、この辺のね、自分とは異なる神々さんとその眷属さんたちの話って、スピでも興味ある人とない人がいるだろうと思う。

 

 

ぼくは自分の守護さん的な話とか、大いなる一体であるところの意識(神)の話はうまく喋れるのだけれど、神々さん、眷属さんみたいな話は、わりとおすすめの本としては、

 

「結婚してみたら奥様は「超霊媒」だった」

www.amazon.co.jp

 

って本が読みやすいと思います。中古で80円w

 

 

この本、3-4年前くらいに読んだんだけれど、いまだに毎日持ち歩いている(仕事カバンに入れっぱなしw)でたまに読み返します。

 

 

ぼくの怪しげな本でオススメは、飯田さんのツインソウルって本と、上記の本かな。

ヨガナンダとか、神聖幾何学とかのディープな本は、ほんとディープにそこに融合したい人にはオススメだけどwそれをおすすめできるのは友だちでも数人しかいない(あ、この人なら理解が共有できるかな?って人)

 

 

でも「結婚してみたら奥様は「超霊媒」だった」は、スピ好きならだれにでも読めるライトな本なので、まぁおすすめ。

眷属さんたちと、霊媒体質の奥さんをもつ家族との交流と、眷属さんたちの交流

(稲荷の狐霊さんと天使の西洋のエンゼルさんとの友だちの交流とか、龍との会話とか交流とか、トヨタ自動車を守る眷属さん集団とのエピソードなんか、そういうの好きな人にはたまらないと思うよ)

 

 

ヨガ友なら某植木文庫にも多分あると思うので、借りて読んでみてくだされw

 

 

んじゃ!

 

 

ちゃお♪ ノシ

 

夫婦ネタ

 

ども´ω`)ノ 週刊お茶どうです。こんばんは。

 

 

特に書くこと無いので、さっきの出来事。

 

 


心理テストやってみた。

 

 

以下から、直感で項目を選んでみてください。

Q. 豪華客船が沈没。一人生き残ったあなたが無人島に何か一つ持って行けるなら?

A.寂しさを癒やしてくれるぬいぐるみ

B.生き抜く気持ち満々のサバイバルナイフ

C.いつでも一緒にいたい好きな人の写真

D.とりあえずライター

 

 

( ̄o ̄) ・・・ぬいぐるみ???ねーよw (ヾノ・∀・`)ナイナイ この選択肢選ぶやついるの?(笑) これはネタとしての選択肢だなwww

サバイバルナイフ!これだな!

好きな人の写真? (´ε`;)ウーン… ないなーこれも

ライター、おーサバイバルナイフと迷うけど。こっちはすぐオイル無くなりそうだし、やっぱサバイバルナイフかね?

 

 

なんて考えて、まぁ即座にぼくはサバイバルナイフ選びました。

 

 

んで、答え合わせは

nicomato.com

 

だそうですw

 

 

うん。合ってると思う。

 

 

で、面白かったので奥タンにも聞いてみました。

 

 

そしたら、、、

 

 

川* ̄ー ̄) えー、その中だったらぬいぐるみだなー

 

 

 

 

は???

 

 

 

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川* ̄ー ̄) えーだって寂しいじゃん。わたし一人生き残って無人島行ったらずっと泣いてるな-。ひとしきり泣いてから、これからのこと考えるよ。

 

 

( ̄o ̄) え~~~~。だったらせめて写真じゃね?

 

 

川* ̄ー ̄) 写真じゃさわれないじゃーーーん

 

 

だそうですw

 

 

全然違うくて面白かった!

 

 

おしまい

 

 

ちゃお♪

 

仏におうては仏を殺し 祖におうては祖を殺し

ども´ω`)ノ 週刊「お茶どう」の時間ですw

 

 

さて、表題の件。

 

 

瞑想中に見えたイメージも、守護さんのメッセージも、神秘的体験も実はどうでもいいという、ありがたいのだかありがたくないのかよくわからないけど、瞑想や座禅好きには大事な話

 

 

先週、ヨガ教室の最後にみんなで瞑想をする時間があるのだけれど、ある御朱印女子が瞑想後のシェアでこう言ってたんだ、

 

 

「今回の瞑想では何にも、なーんにも見えなかった。浮かばなかった。みなさんのようには浮かばないです」

 

 

って。

 

 

 

工工エエェェェェェェェ(゚Д゚)ェェェェェエエエ

 

 

 

 

なんか誤解している!!!

 

 

 

「瞑想中に何にも思い浮かばなかった(シュン)」

 

 

 

ってゼッタイ瞑想を誤解している(ヾノ・∀・`)

 

 

 

みんな瞑想後のシェアで

こんな宇宙的体験した

こんな前世が視えた

こんなハイアーセルフにあった

観音様マリア様が見えた

妖怪がいた

とかそういうこと言うから、瞑想がそういうのを見る場と勘違いしてしまったんだと思う。

 

 

じつはそういうのはどうでもいい件。

 

 

そういう体験をありがたがるから、「瞑想するとこんな神秘体験が訪れますよ」なんてセールストークに騙されて、高額スピリチュアル商法にみんな引っかかってしまう。

 

 

瞑想中に体験するそういうのは、じつは副作用とも言うべきものでさ、もちろんそういうのをスピスピ体験として楽しんでもいいのだけれど、

 

 

それが瞑想の目的(それが瞑想体験の重要な部分)となっては本末転倒。

 

 

昔中国(唐)で、黄檗希運って禅僧がいたのだけれど、その人?がこんなこと言ってるそうだ。

 

 

 仏に逢(お)うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷(しんけん)に逢うては親眷(しんけん)を殺して、始めて解脱を得、物と拘わらず、透脱自在なり。 

 

 

つまり、座禅中に、お釈迦様、イエス様、観音様、お父さんお母さん、守護さん、前世の自分、となりに妖怪が座ってた とかそういうものが浮かんだら、そういうのも殺して(かき消して)、イメージにこだわらず囚われず、流して(殺して)、自在な空観の意識で在りなさい

 

 

とまぁ、そんな感じの意味です。

 

 

それが禅であり、瞑想の究極の形というか、型式化してしまうと、また、真理系スピリチュアルセミナー主催者のネタになってしまいそうですがw

まぁ瞑想の目的というか、空(くう)ってのはそういうことです。

 

 

いやね?

 

 

瞑想中に聖者が現れてさ、なんかメッセージをくれたり、

前世が視えたとして

 

 

それを殺せってのはね、ぼくは言い過ぎだと思うw

 

 

だけど、ソレに囚われて、それが目的になって、

 

 

「皆さんのようにイメージが浮かびませんでした」って嘆くのは、完全に違うです

(ヾノ・∀・`)

 

 

むしろなんにも浮かばず、その無の中で、無の意識で、ただただ在る、気持ちいい状態でそこに在りつづけたってのは、

 

 

お坊さんもみんなその意識状態を目指して瞑想するもんなのになぁ 

ぜったい勘違いしちゃってる( *´艸)

 

 

って思いながら聞いてました。

 

 

 

いやもちろん副産物を楽しんでスピスピ談義に花を咲かせるのはそれはそれでぼくはいいと思うのだけれど、

ぼくは瞑想中に見えたイメージとかそういうのはすぐ忘れてしまうし、重要視しないくていいと思うなぁというかむしろすごくいい瞑想体験になってたって自覚してないんだろうなと。もったいない。

 

 

自我っていうのは特別さを求めてしまうものなんでしょうね。

 

 

ぼくは思うのだけれど、

 

 

そういう特別さを求めている自我を捨てろとか、自我を消せとか「私はいない」が全てとかってことじゃなくね

(お前はなんで自我を体験しにこの世にその形態でそんざいするか100年位地獄で考えてきなさいと言いたくなる)、

 

 

そういう自我を自覚できて、それと上手に付き合えるようになると、人生はめっちゃラクに流れ出すと、そのように思います。

 

 

真理を体験することが大事。究極体験こそゴール。 とか、そういうスピリチュアルセミナーでも無駄に洗脳されなくなると思いますよ。

他人の神秘体験を無駄にうらやましがることもなくなると思う。

セミナーとかインドとか行かなくても、「何ものにもこだわらない瞑想」で十分だよ。

 

 

まぁ、霊が見たいってのはぼくの願望ですがw

 

 

んじゃ!

 

 

ちゃお♪

わだかまり VS KYの破壊力

´ω`)ノども。コンニチハ。

 

 

昨日、子どもたちが「あたしンち」をPCで見ててね、奧タンがまた言うの。

川* ̄ー ̄) 「あたしンち」の家族ってあなたの家族ソックリ。

 

お父さんがジィジ(今は亡き)

お母さんがバァバ

みかんがぼく

ユズヒコがぼくの妹

 

性格がソックリなのだそうな。

 

 

たしかにそうかもしれん。

 

 

それであたしンちのお母さんを見て思い出した。

 

 

うちのバァバ、かなりのKY(空気読まない)です。

そのエピソード。

 

 

7月にぼくのじいちゃん(バァバの父親)が大往生して、その葬式に行ったときのこと。

バァバは三人兄弟の真ん中で、上に兄、下に弟がいる。

つまりぼくの伯父さんと叔父さんね。

んで叔父さん(弟)のほうは10年ほど前に、事故で下半身不随になってた。

 

その後が大変で、叔父さんは荒れるし、叔父さんの奥さんは大変な思いをして家計と叔父さんと、発達障害の娘のお世話をしていたのだけれど、

その後奥さんが参っちゃったのか、逆に癌にかかって亡くなってしまい、娘さん(ぼくのいとこ)も中度くらいの発達障害でずっとコミュニケーションやら頭の回転とかは小学校低-中学年くらいな感じで、

なんというか、もうぼくも会いに行けない状態。

 

 

叔父さんはさらに荒れてるわけで、(生前の)じいちゃんとも、バァバとも疎遠になってた。

まぁプライドもあったのかもしれない。

 

 

それがね?

 

 

じいちゃんの葬式にひょっこり顔出してたんですよ。叔父さん。

 

 

がんばりやさんなのか、すんごいリハビリ頑張ったらしく、寝たきりの状態から、なんとか歩ける状態までになってた(゚д゚)

 

 

んで、ぼくに「おー!元気にしてるかー!」「会社やめたんだって?思い切ったことしたなぁ!」なんて話しかけてくれた。

 

 

その後、「今日はお母さん(叔父さんの姉さん=バァバのこと)来てるのか?」って

コソッと聞かれて、「ええ、前の方にいますよ」

なんて話したら、( ̄- ̄)フーン てな感じで、遠目にバァバ(姉)を見てた。

 

 

で、その後、火葬中ってヒマじゃん?その時に、バァバが弟である叔父さんを見つけてね、背中ツンツン(。゜ー゜)σして叔父さんに話しかけてたの。

「久しぶりーーーっ」 って。

 

 

そしたら叔父さん、チラっとバァバの方を見て、その後何も発さず、シカトですよ。

 

 

(;´∀`)…うわぁ… マジすか… 

状態ですよぼくは。

 

 

いやぁ、10年位ご無沙汰で、わだかまりとかあったんだろう。

でもシカトかいっ!

 

 

でもバァバ、気づいてないのか、よくわからんのだが、話しかける話しかける。

 

 

ねぇねぇ、久しぶりー。

元気?

身体どうなの?

頭禿げたんじゃない ←

すっごい禿げたねーーー ←←← (ノ∀`)

 

 

その間、叔父さんバァバのことガン無視。

 

 

なにこの空気。寒すぎ。

 

 

(_- ) ・・・

(ぼくは、誰かこのおばさんを締め出してくれタノム状態ですよ)

 

 

その後も一言も叔父さんはバァバに話しかけることはせず。

ぼくはいたたまれなくなって、ずっと親族とも離れて瞑想してたよ。

 

 

その後、焼き終わるとさ、骨を箸で拾うじゃん?

二人一組で、二人で一本の骨を拾うわけ。

その時、叔父さん、なぜかぼくには話しかけてきて、

「俺、握力ないから骨拾えないから。拾うフリだけするから。一緒に拾ってくれ」って言われて、叔父さん拾うフリ(箸を骨に添える感じで)、ぼくは実質一人で拾う感じで骨を拾ったわけでした。

 

 

じいちゃん、骨しっかりしすぎwww

ジィジ(ぼくの父親)の時より骨しっかり残ってたw

 

 

んで、その後、盛大に葬式が始まったわけです。

じいちゃん「家族だけで質素に葬式してくれ」って言ってたけれど、そんなことは無視されてw、これいくらかかってんだよ!ってくらい盛大な葬式されてた(坊主3人ですよ。お経は大したことなかったですけどw)

 

 

その時、まぁぼくは(じいちゃんからみたら)孫だし、バァバは子なので、一番前に座らされて。

その時、叔父さんも2列めに座ることになって(まぁ子だから当たり前なんですけれども)

その式の直前も休憩中もね、

 

 

バァバは後ろ向いてずっと叔父さんに話しかけてたwww

(小学生かよw)

 

 

さすがに周りにも人がいて、無視するわけにも行かず、叔父さんも問いかけに答える形で話し始めてね。

バァバはリハビリとか、聞きまくり。

叔父さんはリハビリだけじゃなく、どのくらいしびれてるか、日常生活はどの程度たいへんかを語ってた。

 

 

いやぁー。ぼくはヒヤヒヤでしたよ(; ̄ー ̄A

 

 

んで思った。 バカは最強だ。

 

 

 

KY最強伝説!!!

 

 

 

その後、お食事会では、バァバと叔父さんは隣どうしに座り、

お酒をのんで楽しく昔話を語り合ってた。

10数年ぶりの時間を埋めて、叔父さんの一方的なわだかまり(=おそらく劣等感とかもあったんだろう)も、バァバのあふれるKY(空気読まない)バカエネルギーにあっという間に瓦解され、

 

 

楽しくおしゃべりする二人をみて、

 

 

ぼくはちょっとバァバのズカズカとずうずうしくも、なんの意もなく入り込んでくるあっけらかんとした、姉の弟への天真爛漫な愛情(ただし思いやりとかそういうたぐいのものではなさそう)に、

 

 

こういうのもまぁ、アリかもしれない

 

 

と思った。

(いやぼくには無理です。ぼくなら最初にシカトされた時点でもう自分から話しかけず、縁が切れると思います)

 

 

しかしすげぇな。

 

これはいいバカだと思った。

 

尊敬するよ(真似しませんが)

 

 

どんな人かって?

あたしンちのお母さん」みたいな人ですw

 

 

んじゃ! ちゃお♪

 

 

 

振り返ればヤツがいる(ゼッタイ)

 

´ω`)ノども。「週刊お茶どう」の時間ですw

( ´・ω・`)_且~~

 

 

や、まだまだ暑いですな。今週で残暑終了というところかな。

 

 

今年は天気が変だったからか、アメリカシロヒトリのケムシが大発生しており、うちの小学校や保育園でも「ケムシに触るべからず」注意報が発令されております。

 

 

そしてぼくの職場のそばはアメシロ(=アメリカシロヒトリ)が大好きな「桜並木道」

 

 

ということでですね、ここ一週間はアメシロのケムシが大発生。

職場に侵入してくるケムシを毎日100匹ほど退治しており、

マジでうんざり( ´Д`)=3

ケムシが降って来るよ・・・

 

 

町内の人の話だと、市に駆除を依頼したところ、「既に駆除済み」一点張りの返答らしい。

 

 

いや、いやいや(ヾノ・∀・`)

 

 

来てないよ一回も!今年の夏は。

 

 

別にうちトコだけじゃなく、市内全域ケムシ大発生しているのだろうし、忙しいのも仕方ないけれど、嘘はいかん。

(小学校とか中学校とかそういう場所で手一杯とかそういう理由なら我慢もできるけれども嘘はいかん)

 

 

ということで、有力な議員さんに話を通してもらうとかもらわないとか。

 

 

こういうのどうかと思うのだけれど、その直後、市の作業員がソッコー調査に来ててワラタw

(もし駆除済みというのなら、それは業者(あるいは現場作業員レベルで)駆除作業してないのに、したって報告してカネだけもらってるという詐欺詐欺しい話なんだけれども。これ、作業報告書だけじゃなくて証拠写真とかそういうので確かめてるんだろうか?)

 

 

こういう時に議員さんを使うのってどうなの???って思ったけれども、市のお役人は市民の相談を「終わった話」で調査もせずに突っぱねるし(何度も言うが駆除なんて一回も来てないし、桜は半分以上葉っぱ食われて禿げてきてる)、仕方ないのだろうか?

 

 

しかしこんなことで嘆願される議員さんも大変やね。

 

 

まぁ市への理不尽なクレームも多いのだろうな?

とくに年寄りがわがままになってきてるらしいし。

そう考えると市の対応職員が気の毒にも思う。

突っぱねる態度になる理由だってあるはずなんだよな。

 

 

ということで、今日も仕事とケムシに奮闘する予定。

(早く寒くなって欲しい。悪いけどケムシに全滅してもらわんと)

 

 

ちゃお♪

 

 

 

友だちが数秘術とやらの講習を受けてるそうだ

´ω`)ノ ども!最近更新してなかったなと思ったら2週間も経ってたでござる。

 

 

昨日ヨガ教室行ったら、友だちのS姐さんが最近数秘術の講習に出ているのだと。

 

 

だからヨガ教室が終わったあと、みんな私もミテミテ座談会が始まったわけ。

 

 

ほぅ!コレは面白そうだといろいろ聞いてたのだけれど、

 

 

ぼくは西暦年月日の数字すべて足すと37となって、3と7を足すと10になって、1と0を足して、1という数字。

 

 

これはリーダーっぽい数字らしいwww

 

 

いやぼくはぜんぜんリーダーっぽくない!w 

 

 

けれど、まぁグループの主たるメンツというか、そんな感じらしい。

 

 

んで、ヨガのセンセーのMちゃんも1なんだと。 

(Mちゃんはリーダーっぽいというか酋長っぽい)

 

 

あまり一つのグループに1の人が二人いるのって相性悪いらしいw

 

 

1の人はリーダー的気質を持ちつつ、自分のやり方を貫く(頑固っぽい?)ので、不和になりやすいのだそうだ。

 

 

だけど男女だから相性悪くなんないんじゃない?と言う意見があった。なるほど。

 

 

 

ぼくは、ぼくの性格「ぼくはぼく、他人は他人」それぞれ好きにするべき、

みたいな性格と、

Mちゃんの「みんな自分のやりたいようにやってくださいね-、「私はこの道を行くけど(信念)」、まぁテキトーにその時その時一緒にやりたい人が一緒にやりましょー「私はこの道を行くけど(信念!)」」

がうまく噛み合って(噛み合わなくとも絶対衝突しようのない性格)、うまい具合になってるんじゃなかろうかと思った。

 

 

そういえば、Mちゃんとはじめて出会ったのはスピのワークショップだったっけ。震災前の。

相手の目をジーーーーーっと見て、その後、相手の印象を話すやつ。

いまは亡き(ウソw)某スピ覚者のワークだったよ(ノ∀`)(あやしさ満点)

 

 

「こんな人がお姉さんだったらいいのになー」とか思った印象があるなぁ。その時それを正直に話したかどうかは忘れたけれど。

以降、しゃべるうちに、同志というか、何かを達成する同志ではなくて、内に向かったときに、同じことを感じてる人なんだな-なんて思った記憶がある。

内側の話をするとMちゃんはツーカーで通じるから楽だなーと今も思う。

 

 

んで、今生?過去??の気質?ってのは日にちを足した数字(19にち生まれなら1と9を足す→10→1と0を足す→1というふうに)に現れるらしい。

 

 

ぼくは「8」でまっすぐ目的意識を持って突き進むんだと。Mちゃんも8だった。

ふたりとも修行マニアなのかもしれないねーなんて話でまとまったwww

まぁ確かにそうかもしれない。

 

 

んで、今生の生き方の目的みたいなのは、月日を足した数字でぼくは7だった。

7は好きなことにグーッと入れ込むタイプらしく、オタクと言うか職人気質らしい。

いやまさにぼくの職業は職人ですよ。

 

 

たしかに最近凝ってるじゃじゃ麺も、うどんの質、煮かた、味付け(味噌の量やきゅうりの量、きゅうりの切り方を変えてベストを探している)とか変えながら、料理人も楽しいだろうなとか思ったりしてたw

 

 

そしてヨガ友みんな順ぐりに見ていったのだけれど、みんなズッポシ当たってて、不思議だなと思った。

 

 

特にTちゃんはズッポシすぎて、

(゚ω゚(。_。(゚ω゚(。_。(゚ω゚(。_。(゚ω゚(。_。(゚ω゚(。_。(゚ω゚ )スペシャルウンウン

みんな頷いてるのに、(・_・?川そお???って、自覚がぜんぜん無いのが面白かったw

自分の性格ってみんな意外と分かってないのね。

 

 

そしてその数秘の講習を受けたS姐さんは、グループの中心的な存在らしい。

たしかにS姐さんはみんなを繋げてこのヨガグループを立ち上げた存在だったなと。

 

 

そう考えると、人生とか人の縁って面白い。

 

 

いろんな経緯がありつつも、わりといっつも、なにかしらこのメンバーはご縁で集まっていろいろ楽しいことをしてそうな気がする。

まぁしてたんだけれども。断言するのも非科学的だと思ってやめたw

 

 

グループに一人、こういうのに詳しい人がいると話が楽しくなります。

 

 

あ、書いた内容はうろおぼえなので、それぞれが何を表しているかどうかとかは皆自分で調べてね(適当)