「とりまお茶でもどうぞ」

日頃思ったこととか

ジャンクノートPC直してゲットしたゾ+なぜかwin7からWin10に無償でアップグレードできた件


´ω`)ノども、常にネタ切れのちゃお♪ですこんにちは。

 

 

さて、最近の楽しいと感じたことを一つ。

 

 

ヤフオクで衝動的にポチってしまった一品で遊んでみた。

 


落札したのはジャンクノートパソコン。

パソコンのスペックは

 

CPU:Core i3 3120M 2.50GHz
メモリ:4GB
HDD:なし
HDDマウンター:あり
光学ドライブ:なし
プロダクトキー:Windows 7 Home Premium
液晶サイズ:14インチ

 


そして、気になるジャンク(壊れている、あるいは正常かどうか確認していないのでガラクタ的な意味)の内容は、


BIOSまでの起動のみ確認されている

ヒンジ部分が破損

・HDDなし

・OSなし(プロダクトキーシールはある

光学ドライブなし(CDまたはDVDドライブまるごとなし)

・複数の傷や汚れ等があり

・その他の詳細な動作や状態は未確認

・本体のみで付属品はなし

 


これを見たとき、おおお?コレ買いじゃないか?って思ってしまったんですよね。

その理由は、


BIOSまでの起動のみ確認されている →通電はするし、マザーボードは生きている(たぶんw)、しかも液晶は健在(たぶんw)

・ヒンジ部分が破損 →これは台座が壊れて開け閉めするときにパカパカ浮くんでしょうなw 分解して強引にタッピングビスで留めればなんとかなりそう

・HDDなし →仮についていても(机の引き出しに転がっている120GBの)SSDに交換するのでいらん。タダならもらう程度でしかない。

・OSなし(プロダクトキーシールはある)→プロダクトキーあればWindows7をインストールできそう。あわよくばWindows10もアップグレードできそう

光学ドライブなし(CDまたはDVDドライブまるごとなし)→まぁUSB外付けドライブがあるし、現在使用しているノートはそもそも光学ドライブないし、なくても困らん

・複数の傷や汚れ等があり → 別に(゚ε゚)キニシナイ!!

・その他の詳細な動作や状態は未確認 →まぁなんとかなるでしょう

・本体のみで付属品はなし →とくにいらない

 


ね?なんとかなりそう(笑) 太字部分ね。

 

 

一番の懸案はヒンジだろうなぁ。直せるかもしれん。というか、それを直すのに、アレコレ考える時間ができて、毎日楽しそう。

 

 

今の居間用サブPCはCore2Duoなのでw

IvyBridge(第3世代Coreiシリーズ)のCore3機だと、  (使えるようになれば)   性能が一気に3倍ですよ。

 

 

緑色の普通のザクが、なんとか大佐用赤いザクくらいにはなるレベルですな(イミフ失礼です)

 

 

ということで、ポチって無事落札しました。

 

 

ρ( ̄∇ ̄o) コレ↓

f:id:zenzensuki:20190612180934j:plain

レノボさんの

 

光学ドライブがあるべき部分ががらんどう

f:id:zenzensuki:20190612185204j:plain

もぬけの殻

 

盛大に割れとりますなw

f:id:zenzensuki:20190612181010j:plain

割れとる

 


ヒンジぐらぐら↓ これは修理しかないですねぇw

f:id:zenzensuki:20190612181034j:plain

ヒンジぐらぐら

 


ということで、壊れたら諦めるの精神で、分解していきましたよ

あわわ。もう元には戻れない(戻ります)。

f:id:zenzensuki:20190612181102j:plain

丸裸

 

ここまで来たら、先にどんどん突き進むしかありませぬw

 

んで、問題のヒンジの箇所。

f:id:zenzensuki:20190612181134j:plain





つの丸があるパーツがヒンジの台座で、ヒンジが台座にネジ止めされていて。
その台座がさらにネジによってでプラスチックの箱の部分(底のガワ)にネジ止めされているんですね。

文章に書くと非常に分かりづらいですがw

 

で、その台座が、まるで囲んだ箇所で割れています

 

f:id:zenzensuki:20190612181218j:plain

 

しかも、矢印2の部分では、台座を箱に止めているネジのナット部分が壊れていて、ダメになっているんですね。

 

まぁ文章に書くと分かりづらいですが、さすがレノボさん、もう少し頑丈に作ってくれると壊れないんだけれどもなぁ
というところなんですが、
もし頑丈に作って壊れなかったら、ジャンクとしては流通せず、ぼくはこうして安く手に入れられなかったわけで、ちゃちい構造で、性能が同じで価格がパナソニックの4分の一のレノボさんには感謝するところもあるわけです。

 

ということで、2つの矢印の部分を3mmのドリルで貫通させて、ホムセンで買ってきたM3 16mmのネジとナットで留めて応急処置完了。

f:id:zenzensuki:20190612181529j:plain

 

その後、また逆に組み立てていきまして、完成です! 

f:id:zenzensuki:20190612181607j:plain

 

ぐらぐらはしなくなったゾ!

 


しかも、分解方法も覚えたので次からはサクサク分解できそう。この経験値プライスレスw

 

 

あれ?蓋がネジではまらなくなったwww

f:id:zenzensuki:20190612181914j:plain

ネジが邪魔


ドリルで蓋に穴を開けてOK

f:id:zenzensuki:20190612181954j:plain

ドリルで蓋にも穴w

 

 

さて、次はコンピューターのソフトの方。

 


o( ̄ー ̄;)ゞ ←この「どうすっかなぁ」って考えている時間が楽しいw

 

 

とりあえず、ウチにあるレノボの違うPCのリカバリーディスクでインストールしてみるか!(OSは同じWindows7だし)

 

 

ってことで、USB外付けDVD(昔、DVDドライブ無いPC用に1500円くらいで買ったやつw)を繋いで、BootDVDを読み込ませてから、

f:id:zenzensuki:20190612182048j:plain

 

ダメ元でレノボの違うPCのリカバリーディスクで、Windows7をインストールしてみた。

f:id:zenzensuki:20190612182107j:plain

 


できたw

f:id:zenzensuki:20190612182130j:plain

インストール成功

 


せっかくプロダクトキーシールあるのに、認証画面すら出ないでインストール成功???

 


なんでかわからんけど、同じメーカーのOEM版?Windowsだからだろうか?
まぁいいか。悪いことしたわけではないし。

 

 

やー楽しかった!

 

 

2500円(+送料1300円)+ネジ代140円で普通に動くCorei3ノートゲットしましたゾ

 

 


で、Windows7は、あと半年でサポートが切れるらしいんですが、今でも無料でWindows10にアップグレードできるそうです。

 


やってみたらできた!

 

 

普通にマイクロソフトの公式ダウンロードページ

www.microsoft.com

でできましたなぁ。

 

なんで無料でWindows7がWindows10にアップグレードできるんだ???
( ˘・A・)???

 

 

考えてみた。

 


憶測1:前のオーナーがすでに無料期間中にアップグレードしていた(一度アップグレードしているPCはその後Windows7に戻しても、無料でアップグレードできる権利が維持される模様)

憶測2:マイクロソフトさん、実は無料期間なんか最初からなく、(いちおうの期限を作っていたけれども)その後もずっと無料でアップグレードできる状態にしていて、今もなっているw

 


どうもぐぐってみると憶測2が事実っぽい。

 

 

いろんなサイトで、今も無料でアップグレードできると書かれているし。

 


んじゃあ、バカ正直にマイクロソフトさんから購入(¥19,008-なり)してアップグレードしている人は・・・( ̄△ ̄;)

 


まぁどっちでもいいや 

 


忘れようw

 


いやー壊れたPCを安く購入して直して使うの、楽しい!

 


なんだかんだ言って、修理したり、インストールしたり、修正プログラム更新したり、その時に発生した不具合をググって修正したり、無駄なプログラムをアンインストールしたり、

 


そうして自分仕様にカンペキに整える作業自体が楽しいわけです。

 

 


過程(プロセス)が楽しければ、(楽しむことができれば)、こういうめんどくさい作業だって充実するわけですな。

 

 


と、そんなことを思いました。

 


おしまい。

 


んじゃ( *`- ω -´)ノシ

 


ちゃお♪

 

 

 

 

 

 

ぐらぐらはなくなったけど、部品がAliExpressで8ドルくらいで売ってたので、注文しておきました。また分解して直すのが楽しみw

うらやま死刑

´ω`)ノ ども、緊急ニュースに付き増刊です。

 

 

 

ええ、ぼくが好きな女優さんの蒼井優ちゃんが結婚すると聞いて、

 

 

 

(´・∀・`)へー ついにか!

 

 

 

なんて思ったんですが、

 

 

f:id:zenzensuki:20190606203132j:plain

相手が山ちゃん????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山ちゃん???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山ちゃん??????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:zenzensuki:20190606203222j:plain

 

 

 

 

ここ数年で一番驚いた。ぶっちゃけ。

 

 

 

いやーただそれだけなんですが。

 

 

 

奥様にね?

 

 

 

(。・ω´・。) 嘘でしょう????

 

 

 

って言ったらね?

 

 

 

川* ̄ー ̄) ねぇ。そう思ってる男はたっくさんいると思うよ(笑)

 

 

 

そして

 

 

( ´_ゝ`) うらやま死刑!

 

 

 

って言ったら、

 

 

 

川* ̄▽ ̄) そう思ってる男もたっくさんいるね(笑)

 

 

ということです。

 

 

 

なんだよ山ちゃん。

常にソッチ側で、常に卑屈で、JUNKでグズグズ文句言っても、常にソッチ側だから許されるというか、嫌味じゃないのが芸風なのに大丈夫か?(笑)

 

 

 

ぼくのPCには以前、蒼井優ちゃんの画像がわりと保存してあったんですがw

 

 

 

いや、おめでたいことです。

 

 

 

お幸せに!

 

 

 

んじゃノシ

 

 

 

ちゃお♪

 

 

 

PS

今、ぼくのPCの画像フォルダには何が入ってるんだろう?ってフォルダ開けてみたら、

こんなの入ってたw ↓

f:id:zenzensuki:20190606204452g:plain

この女の子なんかかわいいw

 

 

あとはこんなの↓

 

f:id:zenzensuki:20190606204705p:plain

なにかに使おうと思ったんだろうなw

 

んじゃ。

 

愛とはなんぞや?


´ω`)ノ ども。最近仕事忙しいわ、体めっちゃ疲れるわ、でもめっちゃ仕事楽しいので、スピのネタが枯渇ぎみの週刊お茶どうのちゃお♪です。

 

 

なにせ毎日たらふく食べても太らないという、怪奇現象が起きております:;(∩´﹏`∩);:

 

 

なるほど、人間はこのくらい肉体労働するのがちょうどいいのか、と、妙に自分の中で納得した次第w

 

 

まぁ、現代人にはなかなか難しいかもしれません。

 

 

さて、ネタが枯渇ぎみなので、例によって「ネット上でコレ面白いな」って思った話題についてぼくの意見を書きましょう。

 

 

今日は壮大なるテーマ

 

 


「愛とはなんぞや?」

 

 


(笑)いや、普段そんな事考えないですよぼくは。

 

 

「愛とは存在そのものである」ってことは、体感的な回答ですから、もうそれ以上考えなくても、ねぇ?(笑)

 

 

でもネットで面白い公開マンガを読んだので、愛について考えを巡らせざるにはいられないというか、おもしろいので読んでみてくださいよ↓

 

f:id:zenzensuki:20190603053233j:plain

ソース:澤江ポンプさん(漫画家)twitter.com@gimuchi32



f:id:zenzensuki:20190603053414j:plain

ソース:澤江ポンプさん(漫画家)twitter.com@gimuchi32



f:id:zenzensuki:20190603053444j:plain

ソース:澤江ポンプさん(漫画家)twitter.com@gimuchi32



f:id:zenzensuki:20190603053510j:plain

ソース:澤江ポンプさん(漫画家)twitter.com@gimuchi32



ねぇ!「愛」なんて、人によって捉え方も違うし、定義なんてないし、人それぞれで良いのだけれども、でもこういうことについての考えを読むと自分の想いを刺激されるよね。
高校で「哲学」の時間(単位)もあったけれど、アガペーとかエロースとかプシュケーとかそんなん講義された気がするけれども、マンガの中の先生だったらまた哲学に対する興味も違ったのかなと、ちょっと思います。

 

 

さて、この澤江ポンプさんのマンガでは「愛とは許すこと」って、捉え方で先生がバーベキューで講義されてますw
でもわりと「人生の真髄」を捉えていると思いますねぇ。

 

 

人間を有限の存在と認めること

(マンガ中の「有限で限りある存在」って日本語は(「頭痛が痛い」並に)変だけれども)

 


まずは自分を完璧から程遠い限りある存在と認め、ゆるすこと
つぎに、それを自分以外の他者にも認めること

 


これはとってもイイと思うよ。

 

 

この「許す」には、「許容する」「認める」そして「ゆるし」の意味が含まれているよね。哲学の先生が言ったのなら間違いないと思うのだけれども。

 


それが「愛」かどうかはまた別として、
内容そのものは、ぼくが守護さんから、だいぶ昔に教わった「カルマの昇華」にとても酷似している

それと同時に、夫婦仲を良好にするのにも(妻夫お互いに)コレはとっても重要ですw

 

 

何かの摩擦(ぐるぐるとか)が自分の中に生じている時、

まずはそれが自分にあると認めること

それを受け入れること(=まぁ「ゆるすこと」と言い換えてもいい)

そして手放すこと(=そのことに固執しないこと)

 


ってのを思い出した。

 

 

まぁ他者にも認めるっていうのは、人間、ある程度知恵がついてくると、わかってくるもんだw

 

 

だって究極的にはみんな同じものだし、自分が他人を見て感じるものは鏡ってのは、まぁ言えてるからな。

 

 

それを他者にも認め、その範囲を広げていくことっていうのはね、「愛」というより「成長」だとぼくは思う。もちろん魂の。

 

 

その広がりが「己の魂の器」に比例すると直感的には感じるところです。

 

 

 

「愛」ってのは、思い巡らす価値のある概念の一つじゃないかと、ぼくは思う。

 

 

愛とは決断である」ってのも、なるほど~って思うし、
愛とは許しである」ってのも、ほほぅ~って思う。
愛とは許容である」ってのもイイな。

 

 

ぼくにとっては、「愛とは存在である」になるのかな。

存在そのもの。

存在がつぐむすべての生命と空(くう)そのもの。

もちろん自我を有する知的生命体だってそれに含まれて、それらの人生そのもの。

現象そのもの。要するに「色(しき)」も「空(くう)」もぜんぶ愛

なんですが、それだと面白くないというかw

それこそ哲学っぽくなってしまうので、

 

 

=LOVE という概念(異性や(人によっては)同性に感じる「愛」)的に思うに、

 

 

愛とは「この上なく大切に思うこころの動き」なんじゃね?って今思いましたw

 

 

もちろん奥さま以外にはないです。

 

 

奥さまへの愛と、子供への愛は(ぼくにとっては)異質だもの。

世間の夫婦には、だいたい子供が生まれると、パートナーへの愛が目減りするw事例をよく見かけるけれどもw、だからこそ「愛とは決断である」と位置づける人がいるのだろうと思う。

 

 

子供は、しっかり必要な栄養と環境と教育としつけという養分と、親としての愛を注ぐので、あとは「自分なりに成長しなさい」という感じ。

 

 

でも奥さまは、「責任を持って大切に思うゾ」って思う。

 

 

子供へは、成人までは責任を持って育てるし、間違ってたら全力で注意するけれども、あとは勝手に幸せになりやがれ って感じ。

 

 

だから、「愛とは決断である」って言葉はわりとわかる。

でもそれが「決断」という能動的な意思だけの話かというと、そうでも全然なくて、

 

 

まぁ奥さまへは、自然になんの努力も必要なく毎日毎日飽きずにどめどなく溢れてきてしまうので、決断するまでもない

 

 

こんなに「たやすいもの」でいいのだろうかと思うのだけれど、もう結婚して16年経ちますが、まったく愛おしさに変わりがないところを見ると、愛し方接し方は成長するけれども、そういう湧き上がる情熱みたいなものはなんか死ぬまで変わらんのじゃないかと思えてくる。

でも世間を見ると、そうでない人もいっぱいいるw

 

 

まぁマンガの主題となっている「愛することは許すこと」ってのは、わりといい線いってんじゃないかと思います。

 

 

 

 

でもね「愛」を定義づけするなんて、ヤボだねw やっぱり。

 

 


んじゃノシ

 


ちゃお♪

 

 

PS「澤江ポンプ」さん悟りパパって漫画も面白いよ(一部有料)

悟りパパ

tonarinoyj.jp

奥さまに浮気されたら許せるだろうか? ねぇ?

tonarinoyj.jp

 

 

 

 

 

でかプリン(バケツプリン)を自宅で安く作ってみたゾ

 


´ω`)ノ ども。週刊お茶どうのちゃお♪ですおはようございます。

 

 

さて、今日は食べ物ネタです。

 

 

みなさんデカプリン知ってますか?

 

 

バケツプリンって言うのかな?

 

 

別にプリン自体は大好物というわけではないけれど、でかプリンってロマンがあるよね

 

 

ウチでも過去数年に一度くらいの割合で、でかプリン食べてます。

 

 

最初は近所のドンキでコレ買って食べんたんですけれども、味はまぁまぁですけれども子供が大コーフンでして、ちょっとしたイベント的気分を味わうにはお手軽。
(当時は980円くらいだったし)

f:id:zenzensuki:20190527083025j:plain

KINGプリン(当時、ドンキで980円くらいと記憶)

 

 

んで、ドンキで見かけなくなってから、アマゾンで買ってみんな食べました。
やっぱ子供は大喜びなんだけれど、途中で飽きるんだよねw

 

 


でもやっぱどんどん価格が上がっちゃってねぇ、今では2000円近くする・・・

最安で1680円かな。

 

 

んで、姫はいま4歳なんですけれども、先日「でかプリン」の話題になったときに

 

 

ヽ(`Д´川ノ ワタシタベタコトナイ!!!

 

 

ってわめくもんだからね、いや食べたことあるはずなんだけれど、1歳か2歳のとき、

 


長男くん小学校高学年、次男くん幼稚園、姫まだまだちっちぇ時

 

 

そんな赤ちゃんのときのこと覚えてねーよなwと思って、でかプリンパーティすることになりました。

 

 

で、Amazonで買うと、1680円(2000円以上で送料無料)する。

たけぇ(-'д-)

ので、ひらめいた💡(゚∀゚)のが、100円ショップのプリンの素を買って自分で作るという方法

 

 

で買ってきましたよ。

 

 

一箱で4個作れるハウスのプリンミクスをヽ(`▽´)/5箱

 

f:id:zenzensuki:20190527083542j:plain

ハウス プリンミクス(一箱4個分)

 

これで作れたら、1000円以上お得じゃないですか!

 

 

 

やってみましょう やってみましょう 

 

 


ダメ元でやってみましょう!

 

 


レシピ(4-5人家族で、でかプリンのロマンを感じる量)

・ハウスプリンミクス 5箱 

(100円ショップでも、スーパーでも売ってる。80~100円×5箱)
・牛乳 1Lパック1本 

(牛乳は必ずしも必要じゃないけれど、入れたほうが美味しい。ウチは108円の低脂肪乳デス)
・ボール 

(文字通り「バケツ」プリンにロマン感じる人は、100円ショップでバケツ買うべしw)
・水

以上!

 


予算600円くらい?

 

 

 


あとは説明書通りに作ってね、ボールに流し込むだけw

 

 

粗熱とって、一晩冷蔵庫で冷やすわけ。

 

 

 

そうすると、、、

 

 

できた!

f:id:zenzensuki:20190527084944j:plain

でかプリン(おっぱいみたい)

ドドーン

 


(゚∀゚) 川* ̄∀ ̄) お、おっぱいだ!

 

 

ってぼくも、奥さまも同じこと言いましたw

 

 

思春期の長男くんはハハハ・・・って引き気味に笑ってたw

 


付属のカラメルソースも作って、スプーンで少しかけてみた。

(全部かけないほうがいいと思いますw)

f:id:zenzensuki:20190527085204j:plain

(この時点で姫はワクワクしすぎて、待ちきれない様子w)

 


この過剰さ、ロマンあるなぁ~

 

 

子どもたちも大興奮ですよ。(長男くんなんて中2だというのにw)

 

 

 

で、味は?

 

 

 

ウマい!

 

 

KINGプリンより断然ウマい!

 


KINGプリンは淡白な薄い感じの味。こっちは市販のカッププリンみたいな味で、ぼくも奥さまも、長男くんも、KINGプリンの味覚えている3人は、3人ともこちらに軍配上げました。

 

 


さすがハウスさんですw

 

 


完食しました( ̄人 ̄)

「この後スタッフで美味しくいただきました(完食したとは言ってない)」とは違って、本当に一回で完食。

KINGプリンは一回で完食できなかった。

 


えーと、子供が小さいおたくで、

ロマン感じたい人にはオススメ!

しかも安く楽しめるw

 

 

子どもと作ると、子どもたちにも思い出になるぞよ。

 

 

んじゃ(`▽´)ノシ

 

 

ちゃお♪

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分が変われば世界が変わる」話のつづきのつづき(おしまい)

´ω`)ノども 最後どすえ。

 

 

昨日紹介した記事

medium.com

この記事で、なるほどと思ったのは他にもあって、

 

"しかし「情熱を探そう」と言われた人たちは、何か情熱らしきものに取り組んでいるときに困難が起こると、「こんなに苦しいということは、これは自分の探している情熱とは違う」という風に判断してしまうようになってしまうことが、上述の研究では示唆されています。”

 

 

これはスピでもあるあるでしょうw

 

 

もし、上手に演出wするスピ指導者がアドバイスするならば

 

 

「自分の運命の仕事に巡り会えたら、その運命の仕事をする覚悟があなたにあるか試す困難が必ず待ち受けています。」
とか
「アナタにとってその仕事が重要であればあるほど、必ず大きな困難が訪れます」
とか
「それを克服して初めて、あなたはその運命の仕事につけるでしょう」

 

 

とかなんとかw 言うだろうな~ (ーωー)

 

 

いやね?それは間違ってない。

 

 

間違ってないが、べつにさ、運命の仕事でなくても、天職だろうが適職だろうが、ただの「生活のつなぎ」の仕事だろうが、何であれ、困難っていうものはどんな仕事にもあるからw
どんな仕事でも当てはまるようなことを
「運命の仕事」のように『演出』する
スピ指導者の演出力には感心する。

 


そういうのってぼくなんかは(わりと冷ややかに)見てしまう

 

 

まぁぼくはね、こういう演出はどうしても、聞いてるだけで体がかゆくなるw し、目をキラキラさせて聞いてる人を見るのもかゆい。

 

 

べつにいいんだけどさ、あくどいことしてるわけじゃないしね。

 

 

でもまぁ、スピ指導者自身も、自分の言っていることが真理だと思いこんでしまっているケースもありますなぁ。

 

 

まぁいいか。

 

 

あと上の記事からの引用で、

”最初から完全に自分にフィットするような、自分にとって完璧な情熱を探すのではなく、バーを下げてちょっとした興味関心や知的好奇心を探してみること。
そしてもしその興味関心を気に入ったのなら、少しずつ試しながら育てていくこと。
そしてどんな好きな仕事であっても、時には困難や挑戦が待ち受けていることを予想しながら、
努力の成果ではなく、できればその努力のプロセスが好きになれるようなことを見つけること。
そしてもちろん、その興味関心が自分に合わないと判断したら、次の興味関心の種を育てること。”

 


これもいい文章だ。

 

特にコレ

 

 

”努力のプロセスが好きになれるようなことを見つける”

 


これ、ぼくは努力という意識はないけれども、「プロセスを楽しむ」って言うのはぼくにとってはすごく重要なことです。
生きること全般において。

 

 

プロセスを楽しめれば、結果は自ずとついてくるし、

 

 

結果がそれほど芳しく無くてもw、プロセスで十分楽しんでいるので、結果、自然に自分も満足し、成長しているというw

 


みんな結果にこだわりすぎ。

 


プロセスが楽しくなかったら、9割9分9厘(99.9%ね)つまんないじゃん!

 

 

結果なんて最後の一瞬だけ。

 

 

しかも、結果に拘る人ほど、過去の成功体験を持ち歩くようになるw

 

 

例えばスピでも、

神秘体験や悟り体験を持ち歩く人のなんと多いことか!

 

 

成功体験、過去の結果や肩書にこだわるんじゃなくて、プロセスの考え方、フレキシビリティを身に着けたほうがよっぽど、『クリア後の次のゲームに役立つ』のになぁってぼくは思うんですがw

(上でも仕事あるし、個性はまだまだあるから)

 


『悟り』なんて、いま、ここのあるがままそのまんま だけなんですゾ

 


さて、あとこの文章もいい

 

 

”そして情熱を見つけるために大騒ぎをするのではなく、新しい経験に対してオープンでありながら、
静かに探索をし続けるための時間やゆとりを与えてあげることや、
最初はちっぽけな好奇心でもいいんだと自分を思いやってあげるよう勧めることが、
私たちがしてあげられる最大限のアドバイスなのかもしれません。”

 

とくにここ

 

”情熱を見つけるために大騒ぎするのではなく”

 

皮肉が利いてますなw

 

あとコレ

 

”最初はちっぽけな好奇心でもいいんだ”

 

ほんとコレ

 

 

好奇心なくてもいいくらい。いや、あったほうがいいけどw

 

 

運命の出会いなんてそんなモノかもしれないのですゾ

 


だって奥さまとの出会いのとき、実は、ぼくは奥さまが輝いて見えたけど、

 

奥さまの方はぼくを見て、

 

 

川* ̄ー ̄) なんだこの人・・・ニヤニヤして寄ってきて(・∀・)

 

って「なんとも思わなかった(ノД`) なんておっしゃっているのでね。

 


要するに仕事でも、恋人でも、最初は好奇心なんぞ、特にそれほど感じなくてもいいし、
仮に巡ってきたそれが、運命の仕事!と感じなくても、
運命のパートナー!と感じなくても、別にいいってことです。

 

 

好奇心も育んでくだされ。

 

 

ウチの奥さまも今はぼくにラブラブですゾ

 


だってさ、何の気なしに出会う出会い(仕事でも恋人でもなんでも)だって、すべて『運命の出会い』なんですゾ

 

その一瞬一瞬の出会い=一期一会 を満喫することが、人生の極意であって、

 

なにか特別の出会い=いまここではないいつか、いまここではないどこか

の出会いを求めることは、まぁ好きにしたらいいけれど、
『求めること自体のプロセスが楽しめない』のならば、まぁつまらない人生を相変わらず送ることになるでしょうな

 


自分が変われば、世界はすべて運命のようなものなんだけどねぇ。

 

みんな、特別さを演出するスピ指導者にチョロく騙されてしまうんだよねぇ。

 

なので、上の記事、わりと推奨な記事なので、あとでじっくり読んでみてください。

 


んじゃノシ

 

ちゃお♪

 

「自分が変われば世界が変わる」話のつづき

´ω`)ノども 昨日のつづきどすえ。

 


さて、自分が置かれている状況は、すべて楽しめるネタに変えていけるということについて。

 

赤色が大好きな某大佐がこう言っています。
某大佐「チャンスは最大限に生かす、それが私の主義だ」

f:id:zenzensuki:20190520062906j:plain

シャアさん


 


ぼくもそうです。

 


日々の生活はなんでも、しかもソレが変化であれば特に、それは楽しむネタになる。
結果として、同時に学びのネタにもなっているし、成長するし、守護さんも実はソレしか興味ないw

 

さて、ここでとっても面白い記事があったので、

 

「いきがいが見つからない」

「やりたいことが見つからないのですが、どうすればいいでしょうか?」

 

なんて感じてしまう人には激しくこの記事を読んでみることを推奨しておきましょう

 


「情熱を探そう」というアドバイスはもうやめよう

medium.com


https://medium.com/@tumada/do-not-find-your-passion-a7b2f290b5a

 

 


上の記事を、乱暴に一言でまとめると、

 

 


好きなこと、やりたいこと、いきがいと呼べるような情熱は「見つける」よりも「育む」というお話

 

 


この記事を読んだとき、なんでウチの奥様は「やりたいことが見つからない」とか「仕事もすぐ飽きてしまう」のかが、自分の中で、わりとすんなり納得できた。

 


いや、奥さまだけではなくね、わりと多いと思うの。こういう人。

 


やっている仕事の不満を挙げていって「つまんない」って言ってる人。

 

それが悪いって言ってるんじゃなくて、それってわりと普通だと思うし。

 

 

最初、ぼくがオカシイのかと思ってたけれども、世界の捉え方の違いなんだと思った。

 

 

不満があったら、それを不満のまま、いやいややり続けるのか、ゲームに変えてしまうのか、

 


ゲームと言ってもいろいろありますゾ、

  • その不満点を障壁と考え、障壁そのものを楽しむゲーム(グラディウスゼビウスみたいなw
  • その不満点を観察し、分析するゲーム
  • その不満点を改善するゲーム

まぁ思いついただけでいろいろあります。

 

で、いろいろあーだこーだやっているとね、不思議と技術(テクニック)だけでなく、人間的にも成長してたりするんですよ。
不満点も、それほど障壁ではないというか、障壁ですら無いという認識にかわるというか。

 

 

 

人間的にも成長するってことはつまり、魂の成長です。

守護さんやったね (๑•̀ㅂ•́)و✧

 

 

 

さて、上のブログの記事で面白いところをピックアップ

 

 

「やりたいことが見つからないのですが、どうすればいいでしょうか?」

というものです。異なる起業家が来るたびに、その質問は繰り返されます。それに対して「探すしかない」「色々試してみよう」「自分の情熱や感情に従おう」というのがゲストからのよくある回答

 

 

あるあるw

 

 

スピでもこういう質問と答え、あるねw

 

 

別に見つからなくていーじゃんw って答える人は流石にいないか(ぼく以外w)

 

 

「自分の情熱や感情に従おう」ってのはぼくも答えたことあるな。

 

 

ぼくの場合「自分で"コレがやりたい"というものが沸き起こらないのだから、無理に見つけないで、そのまま、あるがまんまの沸き起こらない自分をすごせばいーじゃん

 

 

って意味で、そうアドバイスするんだけどね。

 

 

でも多くの自称スピ指導者は、どうも「情熱」を高揚させる方に意識を持っていきがちになるわけ。

 

 

それが自分のブログのPVやら、講演会動員数を増やすには手っ取り早いからね(笑)

 

 

でも、上の記事読んで安心してくださいな。

 

 

ぼくの情熱も、むしろどんどん育んでいくタイプの情熱なので。

 

 

やり始めると、とまらない「かっぱえびせん」のようなもんです。

 

 

かっぱえびせん自体はたいしたことないんです。普通のお菓子。

 

 

だけれども、それが人生のクエストというか、ネタの宝庫というか、そういうネタに「自分が変わると見えてくる」って、ただそれだけの話しなんです。

 

 

劇的体験や、劇的な出会いを求める人はね、「ここではないどこかいまではないいつか」なんて、もうそういうのやめたほうがいい。

 

 

かっぱえびせん がとても素晴らしい劇的なネタに(自分が変われば)見えてくるから

 

 

で、実際それは普通のことであって、かつ、劇的なんです。

 

 

だからこそ、禅語で、日常は

 


日々是好日(にちにちこれこうにち)

 


なんですゾ しつこいw

 


スピ界隈では
「情熱とは湧き上がるもの」「探し、見つけ、出会うもの」
なんて考え方が主流

 

 

だけど、ネタなんて、実は自分の周りにすでにあるんですゾ
そして上の記事では
「情熱は見つけるのではなく育むもの」
と論じていて、わりと共感したんだよね。

 

 

もちろん両方(情熱を探し見つける、情熱を育む)どちらも正しい。

 

 

どちらも正しいが、ぼくは後者の考え方に近く、


「情熱はテキトーに出会い(守護さんが出会わせてくれる)、最初は天啓に打たれないかもしれないが、どんどん育むべし!」


という考え方。今振り返ると。

 


天啓に打たれるなんて、無いからwww 

(スピ指導者の口車に乗せられないように)
 

 

天啓に打たれるんじゃなくて、巡り巡ってきた「いいな、コレ」って思ったコトを、「どんどん育んだらいい」ってことです。

 

 

 

これ、スピブログに書いたら「育み方がわからない」とか質問来そうw(目に見えるようだw)

 

 

ごめんあと少しつづく

 

 

んじゃノシ

 

 

ちゃお♪

 

 

 

 

 

「自分が変われば世界が変わる」話

 


´ω`)ノ ども。今日も仕事が楽しい週刊お茶どうのちゃお♪ですこんにちわん。

 

スピでよくある「自分が変われば世界が変わる」話。

 

こういう話に劇的なものを求めがちだけれども、そうではない話です。まぁ劇的に変わるんだけれどもw

 

 

でも劇的なものを求めている人には、「コレジャナイ感」激しいと思う。

f:id:zenzensuki:20190520055400j:plain

コレジャナイ感ー例えばおばあちゃんがこれ買ってきたら泣ける



 

さて、

 

 

ウチの奥さまは、わりと飽きっぽい。

 

仕事も、主婦も、飽きっぽいw

 

そして、「私は何のために働いているんだろう?」「私の家事は役に立っているのか?」「やりたいことがない」と、時々、何かに飽きたときとか、イライラしているときにしゃべる。

 

こんな話題が奥さまの口から出たときは、たいてい精神がちょっとヘンになっているときだw

 

我が家ではコレを「〇〇(奥さまの名前)さん病」と称している。

 

奥さまの疑問(というか世界に対する愚痴というか)への答えはわりと明確なんだけれども、(つまり、生活のために働いているし、家事のためにみんな大助かりだし、やりたいことなんて日常から見つけるものなのである)、どうも自分を見失っているときは、こういう思考に陥りやすいみたい。

 

要するに、しんどいとき、「やりがいが見いだせない」ってことなんだと思う。

 

やりがいのある仕事を見つけようと思っているから、そういう思考にハマってしまうんだな。

 

そしてぼくを羨ましがるんだよね。

 

 

 

川* ̄ー ̄) アナタは何やっても楽しいもんね!

 

 

 

当てつけっぽくおっしゃるがw、そんなこと言われても、ソノトオリ!ぼくはだいたい何をやってるときでも楽しい。

 

 

 

ここで「自分が変われば、世界が変わる」というお話をしようと思う。

 

 

 

やりがいっていうものは、見つけるというより、見出す方が手っ取り早いのではないかと。

 

引き寄せの法則」で自分のやりたいことを引き寄せるなんてことが、スピでは流行っているけれども、

 

もし、「やりたいこと」があるのならそれは結構なことで、ソレに邁進すればいいし、あるいはスピで流行っているように、引き寄せの法則で一生懸命引き寄せてもいいと思う。

 

 

でも、スピブログで質問される質問に、

「自分のやりたいことが見つからない」

って話がよくあるし、ぼくも何回もそういう質問をされた。

 

 

ぼくの答えは、

「別に無理して見つけなくていいじゃん」

「今を楽しめばいいじゃん」

って答えることが多いのだけれども、そういう人は日常がつまらないか、もしくはしんどいんだろう。

 


だからこそ「ここではないどこか」にそういう素晴らしい何かがあるという話に飛びついちゃうし、
「今ではないいつか」に思いを馳せていろんなワークをしたりするんだろうと思う。

 

でも、別に今の日常って、自分が思うほどひどいもんじゃないと思うよ。

 

 

ぼくはお花畑だからそう思うんだろうか?

 

 

昔、奥さん子供にも大切に扱われていないし、仕事はリストラに遭うし、ということで、スピに飛びついて、いろんなことをやってた人がいたのだけれども、

 

ぼくがその人の話を聞くにつけ

・・・( ̄  ̄;) うーん「それほどひどい人生じゃないと思うゾ・・・
自分が家族をそんなふうに扱っていれば、そりゃそういうふうに扱われるよね。むしろその卑屈な思考で世界を見ているから世界がどんよりして見えていると思うんだな」

 

なんて思ったもんだ。

 

少なくとも、ぼくがその人の体に入り、その人がぼくの体に入って人生取りかえっこするとしたら、ぼくならそんなにひどく自分の人生を悲観したりしないと思ったもんだ。

 

結局、その人のマインドが、自分の人生を卑下しているわけだよね。自業自得というか。

 

業(カルマ)がマインドとすれば、まさに自業自得(自分のマインドや思いグセで、今の自分が置かれた状況を享受している)わけです。

 

そして「スピワークやったり、スピ指導者のブログ毎日見て悟れば人生が素晴らしいものになる」と勘違いしちゃうんだね。

 

今ここを生きれば、悟り体験、神秘体験なんて、そんなんどーーーでもいいシロモノなんだけれども。

 

あとはね、ツインソウルを探し続けている人とか(笑)

 

だったら、スピワークなんてやってないで、さっさとツインソウル探しに邁進したらいいと思うのだけれどもw

 

今の貴方にふさわしい人がちゃーんと寄ってくるよw 

とぼくなんかは思う。

 

「自分の周りにいる、この人たちではない『どこかにいる誰か』」 を追い求めるというわけですな。

 

今している仕事が嫌で、天職を求め続けている人もいる

 

いましている仕事を精一杯してみて、うん。もういいかな?って思ったときに、ポッとその仕事(自分にとっての天職)に呼ばれると思うよ。

 

でも今している仕事を楽しめれば、ぼくはそれでいいと思うんだよね。

 

別に運命の仕事を求める必要ないんじゃね?って。

 

つまり、「ここではないどこか」「今ではないいつか」の思考って、どうもぼくは好きくないわけですよ。

 

今自分に必要な全ては、いま自分が体験している経験に集約されているし、と同時に、自分で引き寄せた結果でもあるわけです。

 

いまの状況に不満タラタラで、グチばっかりならば、

「あさりうどんが良かったのに・・・」って、天ぷらうどんにグダグダ文句を言いつつ不貞腐れながら食べているウチの姫と殆ど変わらない「お子ちゃま思考」なんです。
(もちろん姫にはぼくの雷が落ちましたw)

 

ぼくはいつも楽しいので、グチを言っている人の気持ちはぶっちゃけ良くわからない(もちろん上司の悪口はたしなむ程度に他の社員さんとグチしゃべるw)。

 

仕事がしんどいときも、「このしんどさをぼくは楽しんでいる」と思ってしまう。

 

流れ作業で、不良品を抜く作業が数時間続けば、「いかにラインを止めないで、スムーズに生産を終了させるか」というゲームを(ぼくの脳内で)始めてしまう。

 

不機嫌な上司がいれば、「なんて話しかけて、うまく会話をスムーズに回答を引き出すか」なんてゲームを始めてしまう。

 

どんどん覚えるのが楽しいし、部分を理解し、そして会社全体、業界全体を把握していく自分が楽しい、楽しいから頼まれた仕事も積極的にやってみる(別に間違えても命取られるわけではないので、どんどんやってみるべし

 


どんな状況でも楽しんでしまおう。とそんなふうに感じてしまうくせが、たぶん10年前くらいからついてしまった。

 

まぁだからといって、つまんないと感じて、ぜんぜん楽しみのネタが見いだせないのなら、「その仕事を続けて楽しみを見い出せ!」などとは言わないし、思わない。

 

転職したらいいと思う。ぼくも過去2回、職を変えてるわけだし、今の若い人はそれほど転職に躊躇しなくなったんじゃなかろうか?

 

それはいいことだと思う。

 

ひどいブラック企業の奴隷である必要は、サラサラ無いのではないか?とぼくは思う。

 

さて、そしてぼくが以前、自営業をやめるときに

 


「うん。もう十分堪能したかなぁ」「ちょっと就職活動しようか」と思って最初に対面で接触した企業にそのまま就職してしまったw

 


だけれども、コレがドッコイ、その仕事をしてみると楽しいのなんのってw

 

たぶんだけれども、『職種なんてなんだって良かった』んだろうと思う。

 

偶然、天職に巡り合った運命の仕事!って意識はない

 

もちろん、「どんな仕事だって運命の仕事」だと思うんだけれどもね。

 

でもぼくは「その仕事に呼ばれた」「やってみたら楽しめた」。たぶん結果として、ぼくに必要な体験の一つなんだろう。と、そう思うだけ。

 

楽しむネタなんて、おそらくどこにでも転がっている。

 

おそらくじゃなくて確実に。

 

だから、守護さん的には 

(⌒∇⌒) 「自分が変われば世界が変わる」 となるわけです

 

自分が変わったら、なにか特別の自分にとって素晴らしい仕事に出会える というのとは違う。根本的に違う。

 

そうではなくて、


自分が変わると、世界が俄然違った様相を呈してくる。全部自分に必要だったし、自分が楽しめるネタはすべて揃っているし、

 

 


これを禅語で表すと

 

 

日々是好日(にちにちこれこうにち)

 

 

なわけです。

 

いま、自分が日々直面する出来事はすべて守護さんからの、つまり自分自身(ハイアーセルフ)からの、

 

 

公案(こうあん)

 


と言っても差し支えないです。

 

そして、自分がいまここに在って、選択することはすべて、その守護さんからの公案の回答なんですよ。

 

日々めぐりめぐる事象はチャンスなわけです。


いまの自分が置かれた状況に不満点をたくさん見出すか?
それとも
楽しめる点をたくさん見出して、さらには不満点も楽しめるネタに変えていくか?

 

ソレだけでも世界が変わるわけですよ。

 

まぁたぶんね、ドッカーンっていう神秘体験のような体験をすると、そういう見方が容易になるかもしれないとは思う。

でもそれは必須条件じゃない。

ぜんぜんない。

 


勘違いしている自称悟り体験者みたいな人も多く見かける。体験を多くの人に語ることによって、勘違いのさらに勘違い(勘違いの伝言ゲームみたいな)して「悟りの重要性の勘違い」でビジネス化してしまう人もいると思う。

 

そういうの見ると、「悟り体験」なんてクソより役に立たないばかりか、マインドが稚拙だと、悪影響が大きすぎるんじゃないかな?なんてぼくは思う。

 

さて、長くなったのでつづく

 

 

んじゃノシ

 

 

ちゃお♪